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名古屋高等裁判所 昭和60年(う)211号 判決

被告人 横田照雄

昭九・一・一三生 会社役員

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中証人太田和也に支給した分(ただし、原審第三回公判期日に出頭した分)及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松本研三が作成した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官横山精一郎が作成した答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決は、原判示の交差点内で東進中の被告人運転の普通乗用自動車と北進中の冨森多美子運転の軽四輪乗用自動車とが衝突したため同女と右普通自動車に同乗中の横田ユリコとが負傷するという人身事故が生じたのは、被告人としては原判示の地点(司法警察員作成の第三回実況見分調書の見取図の2点から〇・六八メートル西方の地点ないしそれより約一メートルあるいは一・五メートル西方の地点)で右普通自動車を一時停止させ右方道路の交通の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに被告人がこれを怠り約二〇メートル毎時の速さで右自動車を右交差点内に進入させたという被告人の過失行為によるものであると認定判示しているけれども、東進車両に対する一時停止線が設けられていない右交差点を東進(直進)通過しようとしている右自動車の運転者に原判示の地点において右自動車を一時停止させなければならないというような業務上の注意義務があるとはいえないし(このことは右交差点付近における道路状況ないし見とおし状況に照らして明らかである。)、更に、前記軽四輪自動車は約四〇キロメートル毎時の速さで右交差点内に進入してきたものであり、被告人側がどのような注意義務をつくしても右軽四輪自動車との衝突を(右自動車と被告人運転車両との位置関係によつては)回避することができなかつたといわざるをえないし、また、被告人運転車両が右交差点内に進入したときの速さは原判示の約二〇キロメートル毎時には達していなかつたのであるから、原判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認ないし法令適用の誤りがあるというのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実の取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた各証拠によると、以下の事実が認められる。

1  自動車運転業務従事者である被告人の運転にかかる普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)が昭和五七年一一月二八日午後一時ころ名張市桔梗が丘三番町二街区二〇番地所在藤原外科のすぐ北東側にある交差点(西方桔梗が丘二番町方面から東方桔梗が丘四番町方面に向かう東西道路と南方桔梗が丘五番町方面から北方桔梗が丘一番町方面に向かう南北道路とが交差している交差点。以下「本件交差点」という。)を―西方から本件交差点を経て東方に向かうべく―直進通過するため本件交差点内で東進中、南方から本件交差点を経て北方に向かうべく本件交差点を直進通過するため本件交差点内に進入してきた冨森多美子の運転の軽四輪乗用自動車(以下「冨森車両」という。)の車体右前部が被告車両の車体右側前扉(車体前端から約二・二メートルの部位)に(本件交差点内で)衝突した(この衝突を以下「本件衝突」といい、本件衝突の際の冨森車両の車体右前部の位置を以下「本件衝突地点」という。)。

2  本件交差点及びその付近の道路状況は別紙図面のとおり(アラビア数字の単位はメートル。)で、道路はすべて平たんなアスフアルト舗装道路(ただし東西道路は東進車から見て若干上り勾配)であり、本件交差点の中心部に交差状況を示すクロスマークが描かれ、また南北道路通行車両に対する指定最高速度が二〇キロメートル毎時であり、その他には道路交通法による規制は何らなかつた。東西道路は直線道路であり、本件交差点の北西側はかなり広大な空地となつているため、西方からの東進車両からは、前方と左側とに対する見とおしは極めて良好であるが、本件交差点の南側から南西隅にかけてブロツク塀が構築されているため、右車両から南方に対する見とおしは極めて不良であつて、本件衝突地点より西方約七メートルの地点において(東進車両の運転席がこの地点に達したときにおいて)ようやく、本件衝突地点より南方約八・七メートルの地点に車体前端がある北進車両の有無を視認することができるという状況であつた。

3  本件衝突当時、路面は乾燥しており、また、そのころ被告車両と冨森車両とのほかには、本件交差点及びその付近には車両(足踏み自転車をも含む。)や歩行者の姿は全くなかつたが、かかる状況下において、被告人は被告車両(その車長は四・六九メートル。運転席は右側。運転席と車体前端との間隔は約二・二メートル。車体幅員は一・六九メートル。)の車体右側面と東西道路の南側側線との間に約三・四メートルの間隔を保ちつつ本件衝突地点に向け被告車両を東進させていたが、(後に詳述するとおり)本件衝突地点より西方約七メートルの地点に被告車両運転席が到達した時点において被告車両が徐行状態に入つていさえしたならば本件衝突を回避することができたはずであつた。

以上1から3までのとおり認められた事実(原審で取り調べられた各証拠中に右認定に反するものは見当たらず、当審における事実の取調べの結果によつても、右認定は何ら左右されない。)によると、原判決が(罪となるべき事実)のなかで被告車両を「その場において一時停止」させなければならない旨判示しているところの「右方道路の見通しが可能な場所まで進出した」時点(被告車両の運転席が第三回実況見分調書の見取図の2点から〇・六八メートル西方の地点―原判決にいわゆる「M点」―ないしそれより約一メートルあるいは一・五メートル西方の地点に位置している時点)において被告車両を一時停止させなければならないということまでも業務上の注意義務として被告人に課せられているものとはいえない(なお道路交通法四二条一号においても、徐行を命じてはいるが一時停止までも要求してはいない。)。したがつて、被告人は被告車両の運転席が原判示のM点ないしそれより約一メートルあるいは一・五メートル西方の地点に達したときに被告人は被告車両を一時停止させなければならないという業務上の注意義務が被告人に課せられている旨認定判示した原判決には、その点において事実の誤認ないし法令適用の誤りがあるといわざるをえず、このことが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

よつて刑訴法三九七条一項(三八〇条、三八二条)により原判決を破棄し、本件公訴事実に明示されている訴因のうち一時停止義務違反を主張する点(これは原判決の「罪となるべき事実」と同じ。)が認められないことは前述のとおりであるが、本件公訴事実には後記の「罪となるべき事実」のとおりのことが択一的に主張されていると考えられるから、これに基づき、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に次のとおり判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転業務従事者であり昭和五七年一一月二八日午後一時ころ本件交差点を―西方から本件交差点を経て東方に向かうべく―直進通過するため被告車両を東進させていた(本件交差点及びその付近の道路状況、交通規制、交通状態及び見とおし状況並びに被告車両の構造及びその走行位置はすべて前述のとおり。)が、かかる場合自動車運転業務従事者としては被告車両の運転席が本件衝突地点より西方約七メートルの地点に達したとき(すなわち被告車両の車体前端が本件衝突地点より西方約四・八メートルの地点に達したとき)において被告車両が徐行状態(被告人が北進車の存在に気付いたときの被告車両の位置から約一メートル被告車両が前進した地点で被告車両が停止することができる程度の速さでの走行)になつているように被告車両を走行させていなければならないという業務上の注意義務があるのに、被告人は、被告車両の車体前端が本件衝突地点より西方約四・八メートルの地点に達したときにおいてもなお被告車両を約三〇キロメートル毎時という高速で走行させるという業務上過失行為をし、そのため約三五キロメートル毎時の速さで南方桔梗が丘五番町方面から本件交差点内に進入(北進)してきた冨森車両の存在に気付いたけれども冨森車両より手前(西方)で被告車両を停止させることができず、その結果被告車両車体右側面を前述のとおり冨森車両の車体右前部に衝突させ、右衝突(本件衝突)により、冨森多美子(昭和一九年一二月生)に対し約二七日間の加療を要した口唇部打撲、頸椎捻挫の傷害を、被告車両同乗者横田ユリコ(昭和八年六月生)に対し約二五日間の加療を要した頸椎捻挫の傷害を、それぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(争点に対する判断)

1  被告車両の速さについて

弁護人は、被告車両の運転席が本件衝突地点から西方約九メートルの地点に達したとき被告車両は一時停止(ないしは少なくともこれに近い減速)の状態にあり、本件衝突地点より西方約四メートルの地点における被告車両の速さは約一〇キロメートル毎時であつたという。

しかし、被告車両は本件衝突後、その前輪による(そしてこれのみによる)路面との摩擦による二本のスキツドマークを残し、本件衝突地点より東方約八・三メートルのところで停止したが、右停止までのスキツドマークの長さはいずれも約五・二メートルであつたこと、車体重量五五〇キログラムの冨森車両は約三五キロメートル毎時の速さで走行中に制動をかけられたけれども路面に左右とも約一・四メートルのスキツドマークを残しただけの状態で冨森車両の車体右前部が、その車体右側側線と被告車両の車体右側側線とが約五五度の角度で交わる状態で、被告車両の車体右側面に激突し、その衝突すなわち本件衝突の衝撃は、それにより被告車両の車体右側面に―その前方から後方にかけて順次―長さ約四〇センチメートルの擦過痕、右前扉に深さ約四センチメートルの凹損、長さ約六〇センチメートルの擦過痕及び右後扉に深さ約一〇センチメートルの凹損を作り、また、冨森車両は被告車両に衝突した地点とほぼ同じ位置に停止してしまつたという程度の激しさを有し、したがつて、右衝撃力は被告車両に対する制動力としてかなりの力を有していたこと、被告人は昭和五七年一二月一〇日の時点では捜査官に対し「本件衝突地点より西方約四メートルの地点を被告車両の運転席が通過する時点では被告車両は約三〇キロメートル毎時の速さで東進していた。」旨任意に供述していたこと(その後被告人は右供述を変更し「被告車両は一時停止した後発進してから冨森車両の存在に被告人が気付いた後加速して東進中本件衝突が生じた。」旨供述しているが、そこでいう一時停止地点からの見とおし状況や被告車両の加速性能―被告人のいう一時停止地点から本件衝突地点や被告車両の前記スキツドマークの存在地点までの距離と被告人のいう被告車両の速さとの関係―にかんがみると右変更後における被告人の供述は信用に値しないといわざるをえない。)、及び、冨森車両の運転者は被告車両がかなりの速さで東進して来て本件衝突が生じた旨供述していることが原審及び当審で取り調べられた各証拠により明らかであり、このことに照らすと被告車両の運転席が本件衝突地点より西方約七メートルの地点に達した時点から本件衝突のときまでの間被告車両は約三〇キロメートル毎時の速さで走行していたことが認められ、被告人の捜査官の面前並びに原審及び当審各公判廷における各供述中以上の認定に反する部分は信用できないし、他に以上の認定を左右するに足る証拠は見当たらない。

2  冨森車両の速さ及び走行経路に関する予見可能性について

原審及び当審で取り調べられた各証拠によると、冨森車両は南方から約三五キロメートル毎時の速さで本件交差点内に進入(北進)してきたが、その進路は本件交差点内の前記クロスマークと本件交差点西南角のすみ切りとのほぼ中間を通つてきたものであつたことが明らかであり、右認定を左右するに足る証拠は見当たらない。この約三五キロメートル毎時という速さは、前述の道路状況(なお、本件交差点の東南角はブロツク塀に面し、東北角も建造物に面し南方からの視界をさえぎつている。)や平均的自動車運転業務従事者の通常の交差点通過方法(ことに、道路交通法三六条一項一号所定の左方優先及び同法四二条一号の徐行)に照らすと、また、東進車両の車体前端が本件衝突地点より約四・八メートル西方の地点に達したときに東進車両が徐行状態に入つていなければ東進車両と冨森車両との衝突を回避することができないという状況にかんがみると、いささか高速であり過ぎ、自動車運転業務従事者一般としては、冨森車両のような車両(すなわち約三五キロメートル毎時もの高速で南方から本件交差点内に進入してくる車両)があるかも知れないということまで予見していなければならないとまではいえないかも知れないが、本件衝突地点より数メートル手前の地点において約三〇キロメートル毎時の速さで被告車両を東進させようという考えを抱いていた(そしてそのとおりの行動に出た)被告人に対しては、少なくとも被告車両と同じ速さで南方から本件交差点内に進入してくる車両があるかも知れないと考えていなければならなかつたといわざるをえない(そして、冨森車両の速さが―約三〇キロメートル毎時の速さで東進中の被告車両の車体後端より約二・四九メートル前方の運転席が本件衝突地点より西方七メートルの地点にあり冨森車両の車体前端が本件衝突地点より南方約八・二六メートルの地点にあつたという時点で―約三五キロメートル毎時ではなく約三〇キロメートル毎時であつたとしても、この二個の車両の衝突が生じていたに間違いないことは計数上明らかである。)ことはいわゆる信頼の原則の適用を排除するクリーンハンドの法則に照らして自明の理である。

3  結果回避可能性について

原審及び当審で取り調べられた各証拠によると、被告車両の運転席が本件衝突地点より西方約七メートルの地点に達した時点で冨森車両の車体前端が本件衝突地点より南方八・二メートルの地点にあつたこと(このことは前述のこの二個の車両の速さに照らして計数上明白なところである。)及びこの時点付近において被告人は北進中の冨森車両の存在に気付きえたこと、並びに、もしこの時点において被告車両が徐行状態に入つていたならば、被告車両側の回避措置(制動及びこれに伴う停止やそれ以前の左転把)により車体幅員一・三九五メートルの冨森車両との本件衝突を回避しえたはずであることが明らかであり、右認定に反する資料は見当たらない。

4  冨森車両の走行経路について

弁護人は冨森車両が本件交差点内で実際の走行経路より西方に寄つて走行していたとすれば(かかる走行も十分考えられる。)、これと被告車両との衝突を回避しえない旨主張するけれども、過失の存否を決定する基準となる結果回避可能性の問題は、本件では具体的な(現実の)冨森車両走行経路と同じ経路走行してきた車両との衝突(すなわち本件衝突地点における本件衝突)という具体的(現実に発生した)結果を基礎として考えるべきことがらであるから、弁護人の右主張は失当である。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、被害者ごとに各刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段一〇条により一罪として犯情の重い冨森多美子に対する罪の刑で処断することとし所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用中証人太田和也に支給した分(ただし、原審第三回公判期日に出頭した分)及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本卓 杉山修 鈴木之夫)

別紙図面〈省略〉

参考 (第一審判決)

主文

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納できないときは金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、第三回公判期日の証人太田和也に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和五七年一一月二八日午後一時ごろ、普通乗用自動車を運転し、名張市桔梗が丘三番町二街区二〇番地先の交通整理の行なわれていない交差点を、桔梗が丘二番町方面から桔梗が丘四番町方面に向い直進するにあたり、同交差点は変形交差路で、右方道路から進入してくる車の発見が入口附近では困難であつたから、同人において右道路の見通しが可能な場所に迄進出したら、その場において一時停止し、右方道路の交通の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、右一時停止して右方道路の安全を確認することを怠り、時速二〇キロメートルで交差点内に進入した過失により、右方道路から同交差点に進入してきた冨森多美子運転の軽四輪乗用自動車右前部に、自車右側面を衝突させ、よつて同女に加療約二七日を要する口唇部打撲、頸椎捻挫の傷害を負わせたほか、自車同乗の横田ユリコに加療約二五日を要する頸椎捻挫の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い冨森多美子に対する業務上過失傷害罪の刑で処断することとし、右所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金三万円に処する。

なお、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条を適用して、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して第三回公判期日の証人太田和也に支給した分を被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(被告人の過失について)

主任捜査事務官太田和也作成にかかる鑑定書(以下鑑定書という)によれば、被告人横田照雄が事件当日運転していた車(以下横田車という)は、全長四・六九メートル、車幅一・六九メートルで、運転席は車両前部より二・二メートル右側面から〇・五メートルにあつて、しかして前部より二・三メートルの地点に凹痕が認められる。

一方、被害者冨森多美子が事件当時運転していた車は(以下冨森車という)、車幅一・三九五メートルであり、本件事故は、横田車の右側面に冨森車が約五五度の角度で衝突したものであることが認定できる。

そこで、この事故は横田車がその運転席を2点(司法警察員作成の第三回実況見分調書の見取図参照)において停止したならば避けられたであろうかという点につき考えてみると、それは避けられなかつたと認めざるを得ない。

何故なら、弁護人がその弁論要旨でいう如く、2点より衝突地点迄を四・五メートルとして計算すると、横田車の右側面の延長線と冨森車の左側面の延長線が交わる点をAと、しかして衝突した点をXとせば、線分XAの長さはx1cos35°=1.395,cos35°=0.819故にx1=1.395÷0.819≒1.7即ち一・七メートルを得る。しかして2点に横田車が停止していたときの同車の先端と衝突時の同車の先端との距離を四・五メートルとせば、4.5-(2.3+1.7)=0.5即ちAE(別紙図面参照)は〇・五メートルであることが判る。

これでは横田車が2点で停止していても冨森車の左側線の延長が横田車と交わることとなり、従つて冨森車は横田車の前部との衝突は避けられない。

さればかかる場合、横田車のどの部分と接触するかを計算するに、右冨森車の左側線の延長と横田車の前面との交わりをBとせば、別紙図面により∠A=55°従つて∠B=35°となるから、Bより横田車の右前端をEとし、BよりE迄の距離をx2とせばx2tan35=0.5,x2=0.5÷0.7≒0.714°即ち右先端より〇・七一四メートルの所(別紙図面B点)で接触したことになる。

これはX・2点間を四メートルとして計算すると別紙図面E点で接触したこととなる。

さすれば横田車は、どの地点において停止していたならば冨森車との衝突を避け得られたであろうか。

そこで、冨森車の左側線の延長が横田車の左側線と交わる点をD、横田車の左前端をCとすると、三角形BCDと三角形BEAは相似となるから、BD:BE=CD:AEしかしてBCは横田車の車幅一・六九メートルより〇・七一四メートルを差引いた値となるから1.69-0.714=0.976故に前記比例式に各数値を代入すると0.976:0.714=CD:0.5 CD=0.976×0.5÷0.714≒0.68となる。

つまり横田車は2点より〇・六八メートル手前(西)の所(以下この点M点という)で停止していれば、この事故は防げたのである。

若しX・2点間を四メートルとせば一・一八メートル手前で停止しておればよい。

そうすると、被告人において絶えず右方道路をうかがいつつ、少なくともM点乃至そこから一メートル或いは一メートル五〇センチ西方(昭和五八年三月一〇日付検察官園部喜久生作成実況見分調書別紙図面(以下別紙図面(検)という)〈5〉点寄りである)において停止し数秒待てば、本件事故は十分に避けられたと言わざるを得ない。

又、右位置で停止するには、前記のとおり別紙図面(検)の〈5〉点にほぼ相当するから、その地点から同図面の〈6〉′点及び〈5〉′点が見通された筈であり、被告人において同図面の側溝付近が見える迄、絶えず右方を見つつ進んで〈5〉′点(右側溝より少し奥の地点)が見える地点で止まればよいのであつて、従つてそれは可能であつたと言わざるを得ず、又、かかる変形交差点においてはそのような注意義務があると言うべきである。

弁護人は、その弁論要旨の中で「人間の認識能力にも限界があり、完全に車両であると認識するには、静止状態において視認できる時よりも少なくとも〇・三秒を要するものと思われる」と述べているが、かかる変形で見通しのきかない交差点では、相手方の車を視認してから停止すべきものではなく、先ず一旦一応右方道路が見通せる状態に達したときに停止して、それから右方道路を視認すべきであつて、かかる行動を被告人に期待することはけつして無理難題をいうのではない。尤も、道路交通法第四二条は、自動車運転者に徐行義務を課しこそすれ、一時停止義務は課していないが、道路交通法に遵守を定められた義務は、運転者にとつて類型化された、必要最少限度の義務であつて、運転者たるものはその遵守のみをもつて十分かつ足りるとするものではなく、常に機にのぞみ変に応じてその場その場において適切に行動をすべき義務があり、道路交通法に定めがないからといつて右適切な行動を守らなくてもよいというものではないこと、あえて言を俟つものでない。

すなわち、被告人として、当然M点乃至それより約一メートル或いは一メートル五〇センチ手前(西方)で停止して右方道路を確認する義務があり、同人においてその義務を遵守しなかつたのであるからその過失責任は免れず、弁護人の弁論要旨は採用の限りでない。

(裁判官 小澤好彦)

(別紙)〈省略〉

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